矯正治療における抜歯、非抜歯の4つ基準とは?

歯の模型大人の矯正

長崎のすずき矯正歯科 副院長の鈴木智貴です。

矯正治療をしようかな?と思い始めたらまず、ホームページや記事をみて矯正治療について調べますよね?特に矯正治療で抜歯が必要かどうかということは誰もが気になることです。

ところが、<抜かない矯正治療>というホームページや<非抜歯で治せる>という記事があると思ったら、逆に非抜歯矯正をするとゴリラ顔になるとか、口が閉まらなくなると書いてある記事も出てきたり。ゴリラ顔とか口が閉まらなくなるというのは、矯正専門医は口元の突出という表現を使いますが、一般的には口ゴボと言われているようなので、記事によっては「非抜歯矯正で口ゴボになる」と書かれているかもしれません。どの記事も専門家が書いたはずなの記事によって言ってることがまちまちで誰が言ってる事が正しいのかわからない。調べれば調べる程かえって混乱してしまう事態になっていませんか?

この記事では混乱している皆様にそもそも矯正治療で何のために抜歯するのか?また抜歯と非抜歯を分ける基準について説明します。

というわけで今回のテーマは、「矯正治療における抜歯、非抜歯の4つ基準とは?」です。

矯正治療で抜歯することがあるのはなぜか?

矯正歯科で相談をした際に抜歯が必要と言われることは多々あると思いますが、なぜ必要か説明されたことがありますか?

矯正治療で抜歯をする必要性というか意義は主に4つあります。
1.デコボコを解消するためのスペースの確保

2.上下歯列の咬み合わせのズレを補正するため

3.前歯の角度や位置を改善するため

4.口元の突出(口ゴボウ)を改善して綺麗な横顔にするため

これらは相互に関係しますので単純ではないのですが、この4つの問題点を抜歯以外の方法で解決することができれば非抜歯矯正が可能。出来なければ抜歯矯正になるというわけです。

つまり抜歯、非抜歯を決定する4つの基準は
①デコボコの量
②上下歯列の前後的咬み合わせのズレの量
③前歯の角度が適正範囲からどの程度は外れているのか
④口元の突出の程度(口ゴボがどのくらいひどいか)
になります。この4つの基準それぞれについて詳しく説明していきます。

デコボコの量

歯が大きくて顎が小さいから抜歯が必要ですよ。これは抜歯矯正の説明で最も言われることです。
デコボコが大きくてガタガタした歯並びを治すためにはどうにかして歯を並べるための隙間が必要になってきます。

デコボコが大きければ必ず抜歯が必要というわけではありません。たしかにデコボコを治すための隙間を作るの最も簡単で効率的な方法が抜歯ですが、隙間を作る方法はそれ以外にも4つあります。それぞれどのくらい隙間を作ることができるか個人差がありますが、これらの方法を組み合わせてデコボコを解消するための隙間を作っていくわけです。スペース確保の方法は抜歯を含めて5つということになりますので個別に説明していきます。

デコボコを解消するための隙間を作る5つの方法

抜歯

矯正治療で抜歯をする場合はだいたい小臼歯という歯を抜きます。犬歯の後ろにある歯です。上下左右のバランスをとるために上下左右1本づづ計4本抜くことが一般的ですが、上顎だけ2本とか下顎だけ2本とか抜くこともあります。

小臼歯という歯は7mm~8mmありますので2本抜くと確実に14mm~16mmの隙間を作ることが可能です。

デコボコがどんなに大きい人でも必要な隙間の量が14mm以上という人はごく稀ですからスペース確保ができるということになります。矯正治療で抜歯が一般的なのは確実に必要なスペースを作れるという理由からです。

歯列の側方拡大

歯列の側方拡大

歯列を横に拡げて隙間を作るという方法です。ただし、成人の場合は歯列が横に拡がるだけで骨が拡がるわけではありません。もともと歯列が内側に倒れている人の場合はかなり大きく拡大することができますが、歯列が外側に倒れていたり、骨が薄い人は拡大することができません。無理に拡大すると骨から歯根(歯の根っこ)が飛び出て歯肉が下がってしまったり、後戻りの原因になってしまいます。

この方法でどの程度隙間を作ることができるかは個人差がありますので、一概言えませんが、側方拡大1mmにつき0.7mm隙間を作れると報告されています(Adkins MD et al 1990)。白人の場合は一般的に歯列が内側に倒れていてかつデコボコの量も少ないのでこの方法が有効なのですが、日本人の場合は拡大可能量も小さく、デコボコの量も大きいので側方拡大単独でスペースの確保が可能な場合は少ないと思ってください。

奥歯を後方に移動

歯列の後方拡大

奥歯を後ろに動かすことで隙間を作る方法です。最近まで技術的な問題で難しかったのですが、インプラントアンカーという歯槽骨に小さなネジを植立し、そのネジを固定源にして歯牙を移動する方法が確立されてから急激に利用されるようになった方法です。つい最近までは奥歯を後方に移動する際の歯牙のコントロールが難しかったのですが、ドイツで開発されたベネフィットシステムという装置が日本で認可されてから非常に効果的に奥歯を後方移動することができるようになりました。

理論的にはいくらでも後方移動できるのですが、当然、解剖学的な限界があります。後方移動可能量は奥歯の後ろにどれだけの骨があるかで決まります。事前にセファロレントゲンやCTで後方の移動可能量を計測します。

白人であれば一般的に5mm以上の後方移動が可能なため、この奥歯の後方移動だけでデコボコを解消するだけでなく、出っ歯の改善など様々な問題を解決することができる非常に有用な方法です。そのため、現在は白人の患者さんの矯正治療で抜歯が必要になることがほとんどなくなったほどです。

しかし、短頭型で頭蓋骨の前後径が短い日本人の場合は奥歯の後方の骨も奥行きがなく2~3mmの後方移動が限界という患者さんが多いです。稀に5mm以上後方の骨がある患者さんもいますが、多くの日本人患者さんの場合はこの方法単独で抜歯矯正と同程度のスペースを作ることは難しいと考えてください。

前歯を前方に移動

前歯を前方に移動することで隙間を作る方法ですが、この方法は前歯が内側に倒れているような特殊な場合以外はあまり使用できません。この方法についてはイメージが湧きにくいので実際の症例を見てください。

歯列前方拡大症例

この症例は上顎前歯が内側に倒れているため上顎前歯部に大きなデコボコがあり、さらに前歯が反対咬合になっています。一見、前歯のデコボコが大きく抜歯が必要に見えますが、上顎前歯が内側に倒れているだけです。内側に倒れている前歯を正常な角度にするために前方に移動することで、デコボコの解消だけでなく、反対咬合も治りました。

このように前歯の前方への移動は、前歯が内側に倒れている特殊な場合のみ適応できる方法です。もともと前歯が前方に倒れているような場合は絶対にしてはいけない方法です。

歯を削る(ストリッピング)

今回のストリッピングは歯の横側をそれぞれ片面0.25mm以内、両面で合計1本当たり0.5mm以内で削ることで隙間を作っていく方法です。

歯と歯の間を削っていくので奥歯まで全部行うと理論上は13か所で6.5mm隙間を作れる計算になります。1本あたりは最大0.5mmしか隙間をつくれませんが、塵も積もれば山となる方式で前歯1本程度の隙間を作れることになります。

詳しくは矯正治療で歯を削る?ストリッピングのメリットとデメリットをご覧ください。

上下歯列の咬み合わせのズレの補正

出っ歯や反対咬合のように上下歯列に咬み合わせのズレがある場合は抜歯が必要になることがあります。例えば出っ歯の場合は上顎歯列が下顎歯列よりも前方にズレていてため上顎前歯が前に飛び出ているわけです。出っ歯の一般的な治療法としては上顎前歯を後方に移動して治すのですが、この上顎前歯を後方に移動するための隙間が必要です。従来ですとその隙間を確保するために上顎小臼歯(犬歯の後ろの歯)を抜歯して隙間を作っていました。

下のイラストを見て下さい。著しい出っ歯の患者さんです。奥歯の咬み合わせが前後的に5mm以上ずれています。犬歯の後ろの第一小臼歯(バツ印)を抜歯して隙間を作り、その隙間を利用して前歯を後ろに下げることで著しい出っ歯を治した症例です。抜歯した歯が7mm以上ありますから、このように5mm以上の出っ歯も治せるわけです。

このように以前ならば上下の咬み合わせのズレを抜歯によってできたスペースを利用して治していたわけですが、現在では奥歯を後ろに動かすことで前歯を後ろに動かすための隙間を作ることが可能になりました。上記の隙間を作る5つの方法の一つ、奥歯を後方に移動するという方法が出っ歯にも応用できるというわけです。ただし、この症例のように5mm以上のズレがある場合、奥歯を5mm以上後方に動かす必要があります。その為には奥歯の後ろに5mm以上の骨の余裕がある必要があります。日本人で5mm以上の余裕がある人は少ないのでここまでの出っ歯ですと難しいと言えます。

また、反対咬合の場合でも下の奥歯の後ろに骨の余裕があれば非抜歯で治療することは可能です。ただし、反対咬合の場合は下顎前歯を後方移動すると、下の前歯が後ろに倒れすぎて歯根(歯の根っこ)が骨から出てしまったり、矯正治療単独ではしゃくれた横顔が治らないため、外科矯正という手術を併用した治療を選択することが多くなります。

上下前歯の角度は適切か?

歯並びが悪いわけではないのに上下の前歯だけ突出しているとか、上の前歯だけ前に反り返っている場合があります。漫画おそ松くんのイヤミみたいな歯並びです。古いかな?

このような歯並びは笑った時の見た目が気になるという理由で矯正治療を希望される患者さんが多いのですが、実は見た目だけでなく、歯並びの安定性や歯の健康寿命にも関わる案外大切な事なのです。ですから、治療計画を立てるときに上下の前歯の角度や位置が適切か?適切でない場合は前歯をどこに動かすかを考えて全体の計画を立てなければなりません。イメージが湧きにくいと思いますので実際の症例をご覧ください。

上顎前歯の前傾

笑った時の前歯の感じを気にされている患者さんです。少しわかりにくいかもしれませんが、正面(左上)から見たときに上顎前歯が前に傾斜しているのがわかりますか?横(左下)から見ると上顎前歯が前に倒れているのがよくわかると思います。また完璧というわけではありませんが奥歯の咬み合わせに大きな問題がないこともわかります。右の写真を見て下さい。上下の歯列のデコボコは軽度ですが、上の前歯がものすごく前に倒れていることがわかると思います。

このような症例の場合、ただ単に歯を並べて咬ませるだけでしたら大きな隙間を作る必要はなく、一見抜歯は必要ないように思えます。ただし、何も考えずにこのまま歯列を並べてしまうと著しく前傾した上顎前歯の角度の改善することができません。その結果、下顎前歯が上顎前歯を突き上げることになりますので将来的に健康な歯列を保てない危険性がありますし、患者さんの希望を叶えることもできません。

このような症例の治療計画を立てるときにまず考えなければならないのは上下の前歯をどのくらい後方に倒していくべきかということです。後方に倒すべき量が多ければ多いほど必要なスペースが大きくなるのです。ですからデコボコがなくても前歯を後方に移動するときはその分の隙間を作る必要があります。

そこで上記の隙間をつくる5つの方法で隙間を作ることになります。実際にはこの症例では前歯の前方移動はありえませんから、歯列の側方拡大、奥歯の後方移動、ストリッピングを組み合わせて前歯を後方移動するためのスペースを作ることができるのであれば非抜歯矯正、できないのであれば抜歯矯正を選択することになります。

口元の突出具合(口ゴボがどのくらいひどいか)

出っ歯を治したいという患者さんの多くが出っ歯そのものよりも突出した口元(口ゴボ)を治して綺麗な口元、横顔になりたいと希望されています。口ゴボは見た目の問題はもちろん口唇閉鎖不全や口呼吸の原因にもなるため治療計画を立てる上で重視する項目の一つになります。

口ゴボを改善するためには前歯を後方に移動する必要があるのはなんとなくわかりますよね?前歯が後方に移動する量が大きい程口元が大きく引っ込むことになります。ですからまずは口元をどの程度後方に移動する必要があるのかによって前歯を後方に移動する必要があるのかが決まり、前歯をどの程度後方に移動する必要があるのかが決まるとそれに必要なスペースが決まるわけです。そのスペースを非抜歯で作ることができれば非抜歯矯正可能ということになります。口元の突出が著しく、口唇閉鎖が困難という方の場合は現実的には抜歯矯正にことが多いと考えて下さい。

口元の位置を決めるためにはどこに口元をもってくれば綺麗な横顔になるのかを知る必要があるのですが、これについては綺麗な横顔の5つの基準とは?矯正治療と横顔の関係をご覧ください。

また、口元の突出(口ゴボ)の治し方については口元突出の原因は出っ歯!矯正歯科治療で治る?で詳しく説明していますので参考にして下さい。

まとめと参考文献

いかがでしたか?矯正治療で抜歯が必要なのか?抜かずに治療することが可能なのか?というのは単純にデコボコの量で決まるわけではない事をご理解頂けたでしょうか?

デコボコの量、上下歯列の前後的な咬み合わせのズレ、前歯の角度、口元の突出具合の4つの基準を総合的に考えてどの程度の隙間が必要なのか、その隙間を抜歯以外の方法で作れるのかを検討した結果として抜歯が必要なのかどうかが決まるのです。矯正歯科に相談に行った際にこの4つの基準を念頭において担当医と相談されると後悔しない治療ができると思います。

今回の記事は以下の文献を引用しております。
Adkins MD, Nanda RS, Currier GF: Arch perimeter changes on rapid palatal expansin. Am J Orthod Dentofacial Orthop. 1990 Mar;97(3):194-9.

というわけで今回は「矯正治療における抜歯、非抜歯の4つ基準」についてお伝えしました。

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